黒澤明
黒澤明
黒澤 明(くろさわ あきら、1910年3月23日 - 1998年9月6日)(黒沢 明とも表記)は、日本の映画監督。小津安二郎、溝口健二、成瀬巳喜男らと共に、海外でも広く名前が知られている日本映画の巨匠の一人であり「世界のクロサワ」と呼ばれ、またその妥協を許さない徹底ぶりとワンマンな手法から「天皇」などと呼ばれることもある。 映画芸術科学アカデミーの会員だった。文化勲章受章者。妻は矢口陽子(女優)。タレントでプロデューサーの黒澤久雄は息子。衣装デザイナーの黒澤和子は娘。加藤隆之は孫。 黒澤優と黒澤萌は孫娘。身長181cm。
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東京府荏原郡大井町(現在の東京都品川区東大井)出身。父親は秋田県大仙市(旧中仙町)出身の元軍人、体育教師。若い頃は、なかなか進路が決まらず、焦燥の日々を過ごしていた。画家を志していたこともあったが、1936年、P.C.L.映画製作所(現在の東宝)に助監督として入社、映画界に飛び込む。
ロシア文学とジョン・フォードの映画の影響を受け、シェイクスピアの『リア王』(『乱』)、『マクベス』(『蜘蛛巣城』)、ドストエフスキーの『白痴』(『白痴』)、芥川龍之介の『藪の中』(『羅生門』)などの文芸作品の翻案もの、『七人の侍』、『隠し砦の三悪人』などの純粋な娯楽時代劇、『生きる』『天国と地獄』などのヒューマン現代劇などの作品がある。1948年の『醉いどれ天使』にはじまり、1965年の『赤ひげ』まで、主演には三船敏郎を頻繁に起用した。(ただし、『生きる』を除く)
リアリズムを追求するあまり、『蜘蛛巣城』の撮影では三船敏郎に向かって至近距離から無数の矢を本当に放たせる、という演出を行ったこともある。安全のための措置(トリック撮影など)は一切なかったと言われ、これに三船が激怒したのも有名。撮影時はあごひげを蓄えた弓道有段者の年配数人が肩を脱いで矢を放ったらしい。このほかにもアクション場面で非常に危険な撮影を強行したり、異常に長い期間にわたりスケジュールを押さえられたりしたこともあって、黒澤と三船の仲は次第に険悪になっていったと言われる。三船は『赤ひげ』以降、黒澤作品に出演していない。『デルス・ウザーラ』の撮影時、黒澤は三船に出演を望んでいたようだが、スケジュールの都合が合わずに出演は不可能となったと言われている(撮影の長期化を予想した三船が体よく断ったと見る向きもある)。
妥協を許さない厳しい製作姿勢から、映画製作が滞ることも多かったとされる。『赤ひげ』の制作(クランクインからクランクアップまで約3年)で東宝との関係が悪化したこともあって黒澤はアメリカで『暴走機関車』の制作を準備するが、制作方針を巡りアメリカ側と深刻な対立が生じたため、映画は実現しなかった(後にアンドレイ・コンチャロフスキーが黒澤の脚本を原案として映画化)。
1968年に日米合作『トラ・トラ・トラ!』の日本側監督を務めた際には、撮影開始当初から米国側の製作会社であった20世紀フォックスや仲介の日本人ブローカーと、撮影スケジュールや予算を巡って激しく衝突した結果、監督を降板する事態となり、その2年後には自殺未遂事件を起こしている。黒澤の代役には舛田利雄、深作欣二(クレジット上は共同監督だが、深作が担当したのは実質的にはB班監督)とが共同で当たった。なお黒澤本人の意向によりクレジットに名前はないが、脚本は黒澤が書いたものがほとんどそのまま使用されている。
その後、一時映画製作から遠ざかっていたが、ソビエト映画界の全面支援による『デルス・ウザーラ』、ジョージ・ルーカス、フランシス・フォード・コッポラを外国版プロデューサーに配した『影武者』、フランスとの合作の『乱』、米ワーナー・ブラザーズ製作(日本ではこの映画への出資をワーナーに働きかけて実現させたスティーブン・スピルバーグ提供とクレジットされている)の『夢』等、海外資本の参加によって実現した映画が続くことになる。それ以降も『八月の狂詩曲』、『まあだだよ』と制作は続くが、次回作として予定されていた『雨あがる』の脚本執筆中に京都の旅館で転倒骨折したために療養生活に入り、映画制作は不可能となった。その後『雨あがる』は元・黒澤組スタッフが中心となって制作、2000年に公開された(監督は小泉堯史)。
1998年9月6日に脳卒中により逝去。1998年10月1日、映画監督としては初の国民栄誉賞を受賞。
世界的な影響
海外の映画作家らへの影響は計り知れず、直接作品の中で模倣されたものだけでも枚挙に暇が無い。ジョージ・ルーカスは代表作『スター・ウォーズ』の登場キャラクターを『隠し砦の三悪人』から着想したと述べており(そもそも『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』自体のストーリーが『隠し砦の三悪人』に酷似しており、ファーストシーン・ラストシーンともそっくりである)、スティーヴン・スピルバーグの『未知との遭遇』の砂嵐の中からジープが現れる場面は『蜘蛛巣城』、『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』で主人公が後ろ姿だけで顔を見せない冒頭は『用心棒』を模したと言われ、フランシス・フォード・コッポラの『ゴッドファーザー』のファーストシーンの結婚式の場面は『悪い奴ほどよく眠る』の手法を模したといわれる。また、『七人の侍』が米映画『荒野の七人』(ジョン・スタージェス監督)、『用心棒』が米映画『ラストマン・スタンディング』(ウォルター・ヒル監督)などに翻案された。だが、イタリア映画『荒野の用心棒』(セルジオ・レオーネ監督)のように盗作問題に発展したケースもあった。
技術的には例えばサム・ペキンパー監督が得意として他のアクション映画でも多用されるアクションシーンのスローモーション撮影は、元はといえば黒澤明の手法であったし、アクションシーンを望遠レンズで撮る技法も同様である。また、雨や風、水といった自然描写の巧みさはアンドレイ・タルコフスキーのような芸術映画監督を感嘆させて影響を与えたし、『羅生門』の映像美とストーリーテリングの巧みさはフェデリコ・フェリーニが深く共感した。
この映画では、どしゃぶりの雨の質感を出すために墨汁を混ぜた水を放水車で降らせ、当時の技術的タブーを破って太陽に向かってカメラを向けさせ、森の中を走るシーンを移動撮影ではなくてパニングで撮るために俳優達をカメラの周りを円を描くように走らせ、視覚効果を得るために様々なことをやっている。
その他
海外への影響についてはよく語られているが、海外からの影響については案外に語られない。黒澤明の映画はハリウッド、特にジョン・フォードの映画から強く影響を受けていることは本人が認めているところである(例えば馬が疾走する撮影のコツをジョン・フォード監督から教えて貰ったときの話を後年、黒澤は誇らしげに語っている)。その黒澤からコッポラやスピルバーグのようなハリウッドの監督が影響を受けるという、黒澤とハリウッド映画との相互関係が重要である。
また、『荒野の用心棒』の盗作問題で、セルジオ・レオーネ監督は「しかし、この映画だって元はといえば『血の収穫』のパクリじゃないか」という趣旨のことを述べているように、黒澤映画のすべてがオリジナルな訳ではない。そもそも黒澤自身が晩年に至るまで新しいスタイルを取り込むことに貪欲だった。『乱』ではそれまでのリアリズムを放棄して能装束を大胆に取り入れ(衣装デザイナーはワダ・エミ)、城内をカフェバーのような間接照明でデザインした。『夢』の川面を映すシーンの撮影方法はタルコフスキーに教えてもらったものである。また『八月の狂詩曲』ではスタッフに大林宣彦監督の『さびしんぼう』を何度も見せた上で作製に入っている。実際、出来上がった作品は、子供の使い方や語り口、特撮合成に至るまで、親子ほども年齢差のある年下の大林宣彦監督の影響を受けたものとなった。
監督作品
[編集] 監督
公開年 作品名 制作(配給) 脚本 主な出演者 上映時間ほか
1943年 姿三四郎 東宝 黒澤明 大河内傳次郎、藤田進、月形龍之介、志村喬 79分/白黒/スタンダード
1944年 一番美しく 東宝 黒澤明 志村喬、清川荘司、入江たか子、矢口陽子 85分/白黒/スタンダード
1945年 續姿三四郎 東宝 黒澤明 大河内伝次郎、藤田進、月形龍之介、河野秋武、轟夕起子、清川荘司、宮口精二、森雅之 82分/白黒/スタンダード
1945年 虎の尾を踏む男達 東宝 黒澤明 大河内伝次郎、藤田進、榎本健一、仁科周芳(岩井半四郎) 58分/白黒/スタンダード
1946年 明日を作る人々 東宝 山形雄策、山本嘉次郎 藤田進、高峰秀子、薄田研二、森雅之、竹久千恵子、志村喬、鳥羽陽之助 82分/白黒/スタンダード
1946年 わが青春に悔なし 東宝 久板栄二郎 原節子、藤田進、杉村春子、大河内伝次郎、河野秋武、三好栄子、志村喬 110分/白黒/スタンダード
1948年 素晴らしき日曜日 東宝 植草圭之助 沼崎勲、中北千枝子、渡辺篤、菅井一郎 108分/白黒/スタンダード
1948年 醉いどれ天使 東宝 植草圭之助、黒澤明 志村喬、三船敏郎、山本礼三郎、千石規子、中北千枝子、笠置シヅ子、久我美子 98分/白黒/スタンダード
1949年 静かなる決闘 大映 黒澤明、谷口千吉 三船敏郎、志村喬、千石規子、三条美紀、中北千枝子 95分/白黒/スタンダード
1949年 野良犬 新東宝=映画芸術協会 黒澤明、菊島隆三 三船敏郎、志村喬、木村功、山本礼三郎、淡路恵子、千石規子、三好栄子、千秋実 122分/白黒/スタンダード
1950年 醜聞 松竹=映画芸術協会 黒澤明、菊島隆三 三船敏郎、山口淑子、志村喬、桂木洋子、北林谷栄、日守新一、左卜全、三井弘次 104分/白黒/スタンダード
1950年 羅生門 大映 黒澤明、橋本忍 三船敏郎、京マチ子、志村喬、森雅之、千秋実、上田吉二郎、加東大介、本間文子 88分/白黒/スタンダード
1951年 白痴 松竹 久板栄二郎、黒澤明 原節子、森雅之、三船敏郎、久我美子、志村喬、千秋実、東山千栄子、千石規子 166分/白黒/スタンダード
1952年 生きる 東宝 黒澤明、橋本忍、小国英雄 志村喬、日守新一、千秋実、小田切みき、田中春男、中村伸郎、金子信雄、浦辺粂子、藤原釜足、左卜全、宮口精二、渡辺篤、伊藤雄之助 143分/白黒/スタンダード
1954年 七人の侍 東宝 黒澤明、橋本忍、小国英雄 三船敏郎、志村喬、木村功、宮口精二、津島恵子、千秋実、藤原釜足、左卜全、稲葉義男、加東大介、高堂国典、土屋嘉男、東野英治郎 207分/白黒/スタンダード
1955年 生きものの記録 東宝 橋本忍、小国英雄、黒澤明 三船敏郎、志村喬、千秋実、東野英治郎、千石規子、清水将夫、根岸明美、三好栄子、左卜全、佐田豊 113分/白黒/スタンダード
1957年 蜘蛛巣城 東宝 小国英雄、橋本忍、菊島隆三、黒澤明 三船敏郎、山田五十鈴、志村喬、久保明、千秋実、太刀川洋一、浪花千栄子、佐々木孝丸、高堂国典、稲葉義男 110分/白黒/スタンダード
1957年 どん底 東宝 小国英雄、黒澤明 三船敏郎、山田五十鈴、香川京子、千秋実、左卜全、藤原釜足、三井弘次、東野英治郎、渡辺篤 125分/白黒/スタンダード
1958年 隠し砦の三悪人 東宝 菊島隆三、小国英雄、橋本忍、黒澤明 三船敏郎、千秋実、藤田進、藤原釜足、志村喬、上原美佐、三好栄子、土屋嘉男、三井弘次、上田吉二郎 139分/白黒/シネマスコープ
1960年 悪い奴ほどよく眠る 東宝=黒澤プロ 小国英雄、久板栄二郎、黒澤明、菊島隆三、橋本忍 三船敏郎、香川京子、三橋達也、森雅之、志村喬、加藤武、西村晃、笠智衆、藤田進、藤原釜足、宮口精二、中村伸郎、三井弘次 151分/白黒/シネマスコープ
1961年 用心棒 東宝=黒澤プロ 菊島隆三、黒澤明 三船敏郎、仲代達矢、加東大介、山茶花究、河津清三郎、山田五十鈴、司葉子、東野英治郎、沢村いき雄、志村喬、藤原釜足、夏木陽介 110分/白黒/シネマスコープ
1962年 椿三十郎 東宝=黒澤プロ 菊島隆三、小国英雄、黒澤明 三船敏郎、仲代達矢、小林桂樹、加山雄三、団令子、志村喬、藤原釜足、清水将夫、伊藤雄之助、入江たか子、平田昭彦、田中邦衛 96分/白黒/シネマスコープ
1963年 天国と地獄 東宝=黒澤プロ 小国英雄、菊島隆三、久板栄二郎、黒澤明 三船敏郎、仲代達矢、香川京子、三橋達也、石山健二郎、木村功、加藤武、志村喬、山崎努、佐田豊、伊藤雄之助、中村伸郎、田崎潤、三井弘次 143分/白黒・パートカラー/シネマスコープ
1965年 赤ひげ 東宝=黒澤プロ 井手雅人、小国英雄、菊島隆三、黒澤明 三船敏郎、加山雄三、山崎努、団令子、香川京子、桑野みゆき、二木てるみ、頭師佳孝、土屋嘉男、志村喬、笠智衆、田中絹代、内藤洋子、杉村春子、三井弘次 185分/白黒/シネマスコープ
1970年 どですかでん 四騎の会=東宝 黒澤明、松江陽一 頭師佳孝、菅井きん、三波伸介、伴淳三郎、芥川比呂志、奈良岡朋子、加藤和夫、渡辺篤、井川比佐志、田中邦衛、楠侑子、松村達雄、三谷昇、三井弘次 140分/カラー/スタンダード
1975年 デルス・ウザーラ モスフィルム 黒澤明、ユーリー・ナギービン ユーリー・サローミン、マキシム・ムンズーク、シュメイクル・チョクモロフ、ウラジミール・クレメナ、スベトラーナ・ダニエルチェンコ 141分/カラー/70ミリ・ワイド
1980年 影武者 東宝=黒澤プロ 黒澤明、井手雅人 仲代達矢、山崎努、隆大介、萩原健一、根津甚八、大滝秀治、油井昌由樹、桃井かおり、倍賞美津子、室田日出男、志村喬 179分/カラー/ビスタビジョン
1985年 乱 グリニッチ・フィルム=ヘラルド・エース 黒澤明、井手雅人 仲代達矢、寺尾聰、隆大介、根津甚八、原田美枝子、宮崎美子、野村武司、井川比佐志、ピーター、油井昌由樹、植木等 162分/カラー/ビスタビジョン
1990年 夢 黒澤プロ 黒澤明 寺尾聰、倍賞美津子、原田美枝子、井川比佐志、いかりや長介、伊崎充則、笠智衆、頭師佳孝、根岸季衣、マーティン・スコセッシ 120分/カラー/ビスタビジョン
1991年 八月の狂詩曲 黒澤プロ=フィーチャーフィルムエンタープライズII 黒澤明 村瀬幸子、吉岡秀隆、大寶智子、鈴木美恵、伊崎充則、井川比佐志、根岸季衣、リチャード・ギア 97分/カラー/ビスタビジョン
1993年 まあだだよ 大映=電通=黒澤プロ 黒澤明 松村達雄、香川京子、井川比佐志、所ジョージ、油井昌由樹、寺尾聰、小林亜星、日下武史 134分/カラー/ビスタビジョン
受賞歴
羅生門(ヴェネチア国際映画祭金獅子賞、米アカデミー賞特別賞=最優秀外国語映画賞、ヴェネチア国際映画祭創立50周年記念・獅子の中の獅子」(過去の全グランプリ作品の中の最高位))
生きる(ベルリン国際映画祭銀熊賞)
七人の侍(ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞)
隠し砦の三悪人(ベルリン国際映画祭銀熊賞監督賞)
赤ひげ(ヴェネチア国際映画祭国際カトリック映画事務局賞、フィリピン・マグサイサイ賞ジャーナリズム部門賞)
どですかでん(モスクワ映画祭映画労働組合賞)
デルス・ウザーラ(モスクワ映画祭金賞、米アカデミー賞外国語映画賞、パリ国際映画祭賞)
影武者(カンヌ国際映画祭グランプリ、英国アカデミー賞監督賞)
乱(ニューヨーク批評家協会最優秀作品賞)
1990年米アカデミー賞特別名誉賞
1980年カンヌ国際映画祭35周年記念特別表彰